第二十八話 彷徨った先(上)

なんじゃぁ こりゃぁ?』 誰かの発した素っとん狂な叫びに 思わず身を乗り出し覗き込む『あはっ!』つい失笑が
洩れてしまう 深夜と成ってしまったお約束の酒宴は 早めに切り上げた事で 大鍋内の肉汁は朝食用と残した筈だ
其れはとても食べ物とは思えない姿と変身して居た!”なんでぇ??” 三人での釣行で 発見者と私に覚えが無い
とすれば残りは一人 ”あいつかぁ・・?” 二人は同時に振り返った。
どうやら先に眠りにつく我々を見送り 昼食用に持参した冷麦を放り込んだらしい 其れも有るだけ全てを 普段料理を
した事の無い彼は未知の釣場を前にして 高まる気分に眠れずならば朝食の準備と気を使ったつもりだった らしい?
気まずそうな言い訳を背中に漂わせ後始末を始める釣友 朝食は無しとなった! しかし昨夜の事と云い今回の釣行
何か大荒れの予感が・・・・・・・・・・・。
<激動の昭和史も そろ々先の見え出した頃>

国土地理院発行の 地図を広げ考え込んでは
やはり此処しかないのか!”と頷く私?
今回向う目的地は万波川と云う 岐阜県最北端
に位置するこの流域はかなりの僻地で 北へ向け
流れ下って行くと 県境を越え久婦須川と呼び名
を変え 八尾市内で井田川に出会い平野部を
ゆるりと流れ下り やがて大河に飲み込まれ
日本海へと注ぐ。
その昔多くの開拓者が分け入り 豪雪とのせめぎ
合い 主だった産業苺栽培の思惑外れなどで
其の地にて 人の生業が有った時代は そう
長い期間ではなかったようだ やがて耕作地は
深い藪に覆い尽くされ 何も無かったの如く高原
と成る谷間を 右へ左へうねり下る万波の流れが
瞼に浮かんだ 『よし行くぞ』 計画段階にても
同行者は直ぐ名乗り出た  数日後釣友運転の
四輪駆動車は国道41号線をひた走る・・・・・。
万波川の下流部久婦須川には多くの想い出が残って居る 田畑の中をゆったり下る流水は 長い年月を経て両岸を
削り取って 太い廊下状に趣を変え更に侵食し続けて居る 今では(2004年現在)ダムも完成した事で 下流部
一帯の水量は常に安定してるのだろうか??。    其の頃より水の透明度は今一で 何時も笹濁り然の表情を
見せる 流れには太いトロや大淵の連続で多くの化け物が潜んでいた 膨らむ期待を裏切られた事は余り記憶に無く
大ヤマメ大岩魚に何時も出会えたものだった  其処から流れを遡ると最奥の集落が右岸に寄り添い 其の先には
今ではダム湖に沈んだだろう ゲートが現れてくる ”何時かあの先を見てみたい” そう思っていた
車は国道41号を左に折れ快適に走る 捜し
求めたのは 一本の峠超ルートの入口 其処は
鬱蒼とした針葉樹林の中に有った 地図によると
目的地万波は この峠道を辿る事しか 付く術は
無い筈・・・・ 『行くか!』・・・・ドライバーは躊躇う
事無く車を乗入れ峠超えへと掛かる しかし何か
只ひとつのルートとしては 轍後さえ不鮮明で?
助手席の私は内心不安を覚え出した そんな
動揺を見透かした様に 渓を跨ぐコンクリート橋の
向こう側に立ちはだかる 赤錆びた鎖のゲート!
なんだ々 行けんのかよう?』さて如何したもの
かと思い悩み 漆黒の周囲を見回して居ると・・・
おい 空いたぞぅ』 何と弄っているうちに空いた
らしぃ! 此れはもう前進するしか術は無いかも
しかしこんなパターンは ある方程式が叉も私の
不安を呼び起こしたが 釣友の意気込みを萎え
させては成らないので 言葉には出せなかった
急な登りと成った地道を 車体を藪に擦っては
高度を稼ぐ それにしても細い路ではないか・・・
ヘッドライトに照らし出される 山肌の崩落跡や削れた水路の段差は 暫らく利用された事も無い雰囲気が漂い
路が下りに掛かると更に狭く側溝風に成って来た もう少し々で夢見続けた万波の流れに出会える そんな地点に
来ただろう其の時 車は急ブレーキを掛け幾度かバウンドして止まった ”あっ!叉ゲート” やはりそうか此方側
にも有って不思議じゃぁ無い 其れも先程の物とは違い 鉄柱に渡された鎖は太く頑強な代物でヘッドライトに浮かぶ
叉上手く空かないかと釣友が走り寄った 私は最悪何処で車の向きを変えようかと 足元を確認し出すと背後では
絶望的な叫びが響く 『だめだぁ 空かない!』 迷う事無くこの場所からの撤退を決めたが 車を反転させる間にも 
次の展開に迷っていた こうも真っ暗では何が何だか把握出来ない・・・・。  空中の闇を照らすと其処が峠だった
路はキツイ下り坂と成り始め 結構な標高なのだろう 木々は風雪に押し倒され地を這うように伸びる 皆次第に 
無口に成っていく 『おい こんなやばい所上がってきたのかよ』『うん 行きは気にも成らんかったけどぉ』土盛りの
路肩は スパッと切り落とされたかに抉り取られまるでブラックホールを覗き込んだ様に 闇は何処までも続く・・・・・
幾つ目かのカーブを超えると 路は直線の下りと成りゲートは近い事を告げ出す ”やれやれ しゃぁない今夜は
此処で泊るとするかぁ 明るく成りゃぁ様子も判るで” 酒宴の会場は小さなコンクリート橋の上 ザワザワと駈け下る
谷水のBGM 消化不良の気分を癒されながら良く育った高い森の頭上には 僅かに開けた空間に星がチラホラ
明日の天気は悪くは無いのだろう 何時もより苦味の強い麦酒を一気に飲み干す何故か酔いが回る 少し疲れた
                                                             
数々の異常気象に見舞われた2004年 台風23号はこの舞台の宮川村においても 大きな爪跡を残し陸の孤島化
を招いた あの穏かだった流れは今どんな姿で其処に有るのか?   次回はいよいよ其の地へと向います

酔いどれ渓氏の一日 第二十九話 彷徨った先(下)へ続く


                                                              oozeki